フト








それはまさに




「おい。そこの眼鏡の女」




 青天の霹靂で




「お前だよ。




あたしの運命を




「今日から俺の女になれ」




簡単に変えてしまった











[火曜日]






周りの視線が突き刺さる。


当たり前だ。ここは学校。下校時間。校門付近。生徒多数。


しかも声を掛けてきたのがあの有名人の『跡部景吾』で。

『俺の女になれ』なんて。





冗談じゃない!

あたしはその場を逃げ出していた。







校舎裏にたどり着き肩で息をしながらその場にしゃがみ込む。




なんで『跡部景吾』があたしの事なんて知ってるのよ?

新手のいじめ?




騒ぎのあった校門付近を覗き込む。
まだ少し女子生徒がざわついてるけど、気にする程ではないみたいでひとまず安心。


呼吸は落ち着いたけど胸のドキドキはまだ収まらない。















しばらくすると生徒達の騒ぎも落ち着き、あたしは家への帰り道、ずっと考えていた。



跡部景吾は別にあたしの事好きなんて言ってないし。
仮にそうだとしても、なぜあたしなのか。
だって共通点なんて一個もないんだよ?
名前知ってたのだって不思議な位だし。



・・・・・・・罰ゲームとか・・・・・?





「・・・自分で言っといてなんだけど、ありえる辺りが恐ろしいわ」


ま、罰ゲームか暇つぶしってとこね。
あたしの反応を見て楽しんでるんだわ。きっと。




Question 『跡部景吾があたしにとった行動は?』
answer 『ただ遊んでるだけ』



「〜〜〜・・・!」



自分で出したパーフェクトな結論なだけに。
軽く落ち込みます。








[水曜日]











次の日。やっぱりと言うかなんでと言うか。

学園中に昨日の校門での出来事は広まっていて。






あたしの上履きがないのは当然の結果で。





「・・・やっぱり新手のいじめだったか・・」

職員用のスリッパで午前の授業を受けた。









上履きがない事位どうってことない。
でも今、授業をサボって屋上にいるあたしは負け犬なのかも。

はじめてのサボり。はじめての屋上。はじめてのスリッパ。


「はじめてづくしだね」




何の為にあるのか分からない四角いコンクリートの塊に背を預け、眼鏡を外して空を眺めてみる。
雲なのか空なのか境界線がはっきりしない空。




「あたしに怨みでもあるのかなー・・・」

















視界がクリアになっていく。


まったく酔狂ね。あたしも。
まだ冬だってのにこんな所で眠っちゃったみたい。



下に見えるグラウンドからは部活動に励む声が聞こえている。




「あれ?」


眼鏡を掛けようとしたが、うまく手を動かす事が出来ない。




「跡部、景吾・・・?」

「う・・・・・ん・・・・・」




えっと。なんで横で寝てるの?
ぼやけて見えるその人は跡部景吾なのかはわからないけど、声はまさしく本人のものだった。



それより肩!
頭が乗ってて動けないんですけど…!



更に気付いた事がもうひとつ。




あ…ジャージかけてくれてたんだ。

跡部景吾は部活の途中なのか、ユニフォーム姿で静かに寝息を立てている。
このままだとあたしの代わりに風邪ひいちゃいそうだ。











「起こさないようにそーっとそーっと…」


あたしにかけてくれていたジャージを跡部景吾に掛け返すと跡部の手がピクリと動いた。
起こしちゃったかな?
跡部景吾の腕は、そのままあたしの腰に絡まり押し倒される。




「ちょっ…ちょっと!寝ぼけないで!」



目が合った跡部景吾がニヤリと笑う。
たぬき寝入り!騙された!



「起きてるならどいてほしいんですけど」

「やなこった」

「誰かに見られたら誤解…されるじゃない」

「離さねぇよ」


あたしを抱く腕に力が入る。



男の人の力強さに、正直 怖い と思った。



「チッ。んな泣きそうな顔すんじゃねーよ」


解放されたあたしは跡部景吾と少し距離を置いて座り直す。












「お前がここにいる気がしてな」

「あ、そうですか・・・」


急いで眼鏡を掛ける。


「大変みたいだな?」


スリッパを指差し、他人事のように笑う。
ま、確かに他人事なんだけどね。


「おかげ様で。いい暇つぶしにはなったかな?」

「アン?なに言ってやがんだ?」

「だって、反応見て楽しんでるんでしょ?」


そんな事する程、暇じゃねーよ。と言いながら軽く背のびをする。


「・・・・・昨日言った事、ちゃんと考えろよ」


考えてなんかやらない。
あたしの方こそ跡部景吾の暇つぶしに付き合うほど、暇でもお人よしでもないから。


「お前がどう思ってるか知らねぇが俺は本気だ。こんな事があった位で考えんのやめんなよ。ほらよ」


白い、真新しい上履き。


「これは?」

「お前のだ。いつまでスリッパでいるつもりだ?」

「うん・・・」











わざわざ新しい上履きを用意してくれたんだ。





・・・・・この人の真意が掴めない。






「お前に降りかかる埃位、俺がなんとかしてやれる」


まっすぐで真剣な眼差し。
あたしは雰囲気に呑み込まれそうになるのを抑制するように話題を変える。


「ジャージありがとう。おかげで風邪ひかずに済んだみたい」

「俺様自ら暖めてやったしな」


不意打ちの攻撃に赤面したあたしを、胸に引き寄せる。


「月曜、放課後、生徒会室」


ぶっきらぼうにそう言って立ち上がる。





「答え、出しとけよ」


ヒラヒラ手を振りながら重い扉の向こうへと消えた。






あたしはまだその場に座りこんでいた。








[木曜日]










次の日。


あたしの予想とは裏腹に学園は静かだった・・・・・。









「なーんか拍子抜け・・・」



昨日はさすがに上履きを持ち帰った。
今日は念の為にともう一足持って来ていた。

スペアの上履き分大きく広がって変形してるかばん


「かばんが重いのは気のせいだろうか」






学園内では相変わらず珍しいモノでも見るかのように遠巻きでヒソヒソやってる女子生徒。



居心地の悪さに席を立つ。






一体あたしが何したってんのよ。と愚痴りつつ、向かった先は第二音楽室。


ピアノを弾いていれば嫌な事も忘れていられるから。











週に3日はお邪魔している音楽室だけあって、いつの間にか一番落ち着ける場所にもなっていた。


特にここのグランドピアノは真っ白で、あたしの心も真っ白にしてくれる気さえする。





蓋を上げ、ピアノの前に座る。


そっと鍵盤に指を置く。



ポーン・・・



あたしはそのままひとつの曲にしていく。









音楽室に響くピアノの音色はあたしの心をからっぽに近い状態にしてくれる。







「ショパンのワルツ9番だな」


思わず弾くのを止める。



周りの雑音なんて聞こえない。

確かに今まではそうだった。

目を向けた先には、教室のドアに背をもたせ、腕を組んだ跡部景吾が楽しそうにこちらを見ている。



「お前、ピアノ歴は?」

「10年位」


そうか。と言うとあたしの隣に腰をおろす。


「リストは知ってるな?」


なぜこんな事を聞くのか。
なぜ隣に座ってるのか。



跡部景吾が男の人とは思えない程綺麗な指を鍵盤にかけると、とても綺麗な音色が音楽室を包んだ。











「・・・・・愛の夢・・・・3番・・・・」

「よくわかってるじゃねぇか」



自分を抑える事ができない。
無意識に指が鍵盤に触れる。
まるで吸い込まれるかのように。
隣で弾いている跡部景吾に合わせるかのように・・・。








一曲弾き終わりお互いの顔を見合わせる。



「さすが跡部君。なんでも出来るんだね」

「はっ。良く言うぜ。にはかなわねぇよ」

「そんな事ないよ。優しくて、情熱的で、素敵な音色だった」




珍しく謙遜してる跡部景吾に言った事は、間違いなくあたしの本心だった。
だって、くやしいな。よりも、いつまでもこの音色に包まれていたい。と思ったのだから。


そしてなにより。



楽しくて嬉しかったから。



さりげなくなんて呼んだ事。
今だけ許可してあげる。









音楽室を出たあたしは少しだけ浮かれてて、注意が散漫になってたのかもしれない―――。








[金曜日]










「ないっ!」


これが今日あたしの登校して最初の台詞。




昨日の帰り、安心してたあたしは上履きを持ち帰らなかった。



「まさか1日飛びでやられるとは思ってなかったなぁ」



教室には準備していたスペアがある。

すれ違う人の視線を感じながら、靴下のまま教室にまで行き、ロッカーの中にある上履きを手に取る。
跡部景吾の顔がよぎる。



こっちのを持ってってくれれば良かったのに。


なくなったのは跡部景吾にもらった方の上履きだった。











さて、と。


あたしは立ち上がる。


放課後。



手の中にはラブレター。



指定された場所へと向かう。















「素敵なラブレターをありがとう。でもごめんなさい。あたし趣味じゃないのよ。女って」


目の前にはすごい目つきであたしを睨みつけている女子生徒3人。


「はぁ?あんた頭おかしいんじゃないの?」

「ちょっと跡部君に話しかけられたからっていい気になんないでよね。ブス」

「あんたみたいなガリ勉女、跡部君が相手にする訳ないじゃん」


いや。別に頭おかしくないし。
綺麗ではないけどブスって・・・。自分では人並みかな?と思ってるし。
それに眼鏡かけてるだけで、あたしガリ勉じゃないよ?



跡部景吾親衛隊らしき方々に呼び出されています。



この状況でもあたしが冷静なのは、自分の立場をよくわかってるから。
だってどう考えてもおかしいでしょ。
あの跡部景吾があたしなんかに興味を持ってるって。

どちらかと言うと、この人達が怒るのも理解できるし。


「何こいつ。顔がむかつく」

「黙ったままかよ。なんとか言ったらどうよ」


やっぱり新手のいじめだったか・・・。















「痛ったー・・・・・」





ひどい格好だった。


陽が落ちるのが早くてよかった。


こんなボロボロな姿、誰にも見られなくて済むから。




「家帰ったらダッシュでお風呂だなー・・・」












幸い親にもばれずにお風呂場までたどり着く事ができた。


「しっかし、我ながらすごい事になってんね」


もう苦笑いしか出ない。
髪はぐしゃぐしゃ。制服は泥だらけ。
いたるところにすり傷があり、頬は赤く腫れている。


「明日が休みでよかったよ・・・。本当・・・」




なんであたしがこんな目に会わなくちゃいけないのか。


原因は跡部景吾だろう。


でも彼のせいにはしたくなかった。






だって。

それがどんな結果であれ。

つまんない日常からあたしを連れ出してくれたから。






「お湯が・・・しみるー!いったーい!」







[土曜日]















昨日はずいぶんひどい目に会ったけど。

おかげですっきりしたと言うか。

頭の整頓をするにはもってこいな土曜日。




・・・・・・・のはずだったんだけど。




朝からなんにもする気が起きず、早起きしたにも関わらず時計は11時になろうとしていた。

ぼーっと天井を眺めていると、母親が部屋をノックした。


?同級生だって言ってる人が来てるけど・・・」


少し戸惑いながら、居留守でも使う?とたずねる母親の微妙な態度に、カーテンの隙間から玄関を見下ろす。


「え?」


思いもよらない人の訪問にあたしも母親同様、驚かざるをえなかった。














近くの公園。


「昨日はありがと」

おかげで助かったよ。とあたしは笑う。



そう。昨日のひどいリンチから助けてくれたのは彼だった。





「ウス」


樺地くんは無表情で返事を返す。


「今日はどうしたの?」

カーテンの隙間から樺地くんを見た時から思ってた事を聞いてみる。

「ケガ・・・大丈夫ですか・・・?」


ああ。心配してわざわざ来てくれたんだ。


「うん。平気だよ」


樺地くんを安心させる為、めいっぱい元気よく答える。
本当はまだ少し痛むけどね。


樺地くんはウス。と言ったまま黙り込んでしまった。










えと。

どうしようかな。




沈黙が続く。
あたしも何か喋らなきゃ。とは思うんだけど、言葉が出てこない。

相変わらず樺地くんは無表情で黙ったままで。




「・・・跡部さんは・・・いい人です」


不意に沈黙をやぶる。


「跡部さんは・・・本気です・・・。自分は一緒にいて・・・伝わります・・・」



少し俯いてポツポツ話す事は跡部景吾の事ばかりで。

きっと今日うちに来たのもこの事を伝える為なんじゃないか。なんて思えるほど。



「うん。わかってる」


そう言うと樺地くんは安心したように少しだけ微笑む。



「帰り・・・ます・・・」









樺地くんが来てくれてよかった。

小さくなる樺地くんの背中に「ありがとう」とつぶやいた。







[日曜日]














昨日はなかなか寝付けなくて。


眠りについたのは朝方だった。





そして。

約束の月曜日まで24時間を切っていた。












あたしの手を引くのは誰?


こわれものを扱うようにやさしく


けれど強引に


先に見える光の方へ


ひっぱってくれる手


あたしは身を委ねていいの?


このままその手を握っててもいいの?


その手は


とても綺麗で


男の人とは


思えない位


綺麗で


・・・・・・・・・



・・・・・・・・・


















差し込む光が眩しくて目をあける。








「デジャヴだわ・・・・・」



夢に出てきたのは間違いなく跡部景吾の手。

あんな綺麗な手、見間違えるはずはない。


起き上がり時計を見る。
まだ9時前だった。
思ったほど眠ってはいない。
このまま二度寝をしようかとも思ったけど、せっかくの日曜。
天気はいいし。
あたしは勢いよくベッドから飛び降りた。






予想していたよりも遙かに頭がスッキリしてて気分がいい。


鏡を見ると頬の腫れがひいていた。

「よし!」


あたしは制服に着替えた。












「日曜なのに学校に行くの?」


母親の当たり前な質問に、あたしも当たり前に答える。


「いってきまーす」




いつもなら吊革に頼ってるバスの車内もさすがに今日は人もまばら。





『氷帝学園前』でバスを降りると部活動に励む声や音が聞こえて来て、あたしの記憶を1年前に呼び戻す。


その頃のあたしは陸上部員だった。








1年生の時にはすでに全国8位の成績を修めていた。
あたしはピアノ以外ではじめて打ち込めるものを見つけた。
次は全国制覇という時に足を痛めて走る事ができなくなった。
あたしは部を辞め音楽室に篭るようになった。












音楽室から見る景色は嫌いだった。
それぞれ熱心に部に励む人達を見ていると、自分が逃げている事が浮き彫りにされるから。


それでも羨ましさからか、あたしは眼下の光景を見るのをやめなかった。







ある日、男子テニス部が『特別枠』で全国行きのキップを手に入れた。と噂で聞いた。

あたしはやはり音楽室にいて、ピアノを弾いていた。

その時どこからともなく、すごい歓声と氷帝コールが窓の外から聞こえてきた。

何事だろう。と窓を覗くと、氷帝生徒ほぼ全員がテニス部部長、跡部景吾に向かってエールを送っている所だった。

いたる窓から、校庭から、グラウンドから、屋上から。

みんながテニス部の全国出場を望んで応援していた。

唖然としていると、跡部景吾は指を鳴らし「俺様と共に全国へついて来な!!」と言い放ち生徒達を狂喜乱舞させた。




正直、ついていけないと思ったが、その日以来テニスコートばかり見るようになったのは
あたしも他の生徒同様、跡部景吾という人のカリスマ性に惹かれたのかもしれない。
















そんな事を思い出しながら音楽室のいつもの窓からグラウンドを見下ろす。


陸上部が練習に励んでいる。
まだ未練はあるけれど、こんなに早く、落ち着いた気分で練習風景が見れるようになるなんて思ってなかった。


乾いたボールの音につられるかの様に視線を動かす。



青いコートが並んでいる。
テニスコートだ。



窓際に椅子を移動し、両肘をついてボーっと眺める。
どこに誰がいるか。までは見えないけど、樺地くんらしき人がコートに入ってきたのはわかった。




樺地くん・・・か・・・。




昨日は樺地くんのおかげで何かが吹っ切れたな。
そういえばなんで樺地くんはいつも跡部景吾の後ろにいるんだろう。
仲良し・・・って感じでもないしな。
あれ?今日は1人だ。






樺地くんの周りを探すが、跡部景吾らしき人影は見当たらない。













ガラッ―――


音楽室に誰かが入ってきた。




「何見てやがんだ?」

そう言うと跡部景吾はあたしのいる窓際まで来て、ふーん。と外を見下ろした。


「俺様でも探してたのか?」

不敵に笑いながら自信満々な態度で言い切る跡部景吾に対して、あたしは一言。


「樺地くん見てたの」

と言ってやった。


跡部景吾の反応は意外なものだった。














あたしは何が起きたのか考える間もなく、壁に押し付けられていた。

目の前には跡部景吾の綺麗で、整った顔。

でもその顔はひどく歪んでいて、瞳は怒りとも悲しみともとれる感情を湛えていた。


「離してよ・・・」


跡部景吾を怖い。と思ったのは2度目だった。


「どうして俺じゃない・・・!」


更に強くあたしを壁に押し付け、荒々しく唇を奪う。


「俺は、こんなに・・・っ!」


跡部景吾の手があたしの制服にかかり、ボタンを引きちぎる。


「やめてっ!!」













バチーン・・・――









乾いた音が響き、跡部景吾は自分の頬を押さえる。


ひるんだ跡部景吾の隙を抜けドアに手をかける。



!待ってくれ!俺が・・・悪かった・・・」



振り向くと座りこみ、懇願するようにあたしを見ている跡部景吾がいた。
――こんな彼を見るのは初めてだった。

あたしは胸元を隠すようにブラウスを押さえながら、跡部景吾の前まで歩み寄った。



「答えは月曜日だよ?」


彼の視線に合わせるようにしゃがんで、小さい子供を諭すように優しく言う。


「じゃあね」


無表情で振り返り、跡部景吾を置いて、あたしはドアを開けた。








[月曜日 完結]










約束の月曜日。

天気は晴天。

気分は―――。









昨日あんな事があったばかりで、顔を合わせるのもつらいけど
約束を破るのは性に合わない。

けれど勇気はいるもので。

授業はさぼり、約束の放課後に間に合うように家を出た。













生徒会室。
普段誰でも勝手に入れる訳ではなくいつもなら鍵が掛かってるんだけど、
今日あたしが室内にいるのは、跡部景吾があらかじめ鍵を開けておいてくれたおかげだろう。



時計に目をやるとチャイムまで10分弱だった。



まず、何から話そう。
なんて考えてるとカチャリとノブが回る音がした。

第一に思った事。
「先生だったらどうしよう」

当たり前だ。学校サボってるのにこんな所にいて、更には無断なのだから。


隠れる場所を探していると、無情にもドアは開けられ目が合ってしまった。



「「あ・・・」」



お互いが同時に声を漏らす。まさか人がいるなんて思ってないのだから。













・・・?」


部屋に入ってきたのは跡部景吾だった。
彼はまず驚き、そして申し訳なさそうにあたしの名前をつぶやいた。










沈黙が続く。





がんばれあたし!勇気を振り絞りあたしから声をかける。



「返事しにきたよ」


跡部景吾はあたしの言葉にビクッと肩を震わせ、伏せていた目線をあげる。

「昨日は本当に悪かった。お前を・・・を傷つけるつもりはなかったんだ」




跡部景吾の思わぬ台詞に目を見開く。

深々と頭を下げる彼の姿に偽りはなく、普段の高飛車な彼からは想像できない程、憔悴していた。



「もういいよ。それより頭、あげて?」


そんな彼を見ていたくなかった。


もう一度ごめん。と謝りようやく頭をあげる。













「相手が・・・跡部くんだったから、許す」


きっと今のあたしは、目の前の跡部くん同様、まっかっかなんだろうな。


耳まで赤くなった跡部くんは信じられないと言うように


「もう一回。言ってくれ」とせがむ。







「ずっと前から、跡部くんの事が、好き」


はじめて跡部くんを見た時から、心の底にしまっていた想いを解放してあげる。
一目ぼれだった。




!」と言うより早く抱きしめられ、息が出来なくなる。

「苦しいよ。離して?」

「今度は絶対離してやらねぇ。やっと捕まえた・・・」




「好きだ」


苦しいのは呼吸のせいだけではないだろう。
胸がキューンと痛いのは幸せの中にいるから。
絶対に聞く事のないと思っていた言葉が降り注ぎ、あたしもそっと腰に手をまわす。



「あたしも、好き・・・っ・・・!」










お互いの想いを確認し合ったせいで、自然と笑みがこぼれる。



あたし達はまだ抱き合ったままの姿勢で、しゃがみこんでいた。




「顔、近いよ?」

「この体勢じゃ、しょうがねぇだろ?」

「あんまり見ないでよ///」

も見てんだろうが」

「だって・・・」

「じゃぁ、目、つぶれ」

「え?いや、その」

「少しは黙ってろ。雰囲気ってもんがあるだろうが」

「うん。でも・・」

「目」



跡部くんに言われる通りに目を閉じる。
彼の手であごを少し持ち上げられる。



昨日の荒々しいキスとは違う、優しく長いキスだった。




「俺が守ってやるからな」

「うん」









どんな困難が待っているんだろう。
それは今までの嫌がらせよりもひどいかもしれない。
でもあなたがそう言ってくれるなら
あたしは大丈夫。

だってあなたはつまらない世界からあたしを連れ出してくれた。
あなたはあたしに素晴らしいものをプレゼントしてくれたんだよ。














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