真冬のレンジ








「急で悪いんだけど貸してた本、返してくんね?取りに行くからよ」


久々にかかってきた岳人からの電話はそっけないものだった。


確か……半年くらい前に借りたままだったな。






ドラゴ○ボール完全版全巻。



でもそれは練習で忙しい岳人に連絡しづらかっただけで。
意識して放置してた訳じゃない。
(ましてや運ぶのが面倒臭かったからでもない。……と思う)





あれから二日が過ぎた。

いつでも返せるように準備しておいたのに、岳人からの音沙汰はなし。




五日目。

いい加減こっちから出向いてやろうかと思ったけど、あの本の重さはハンパない。
なんせ全34巻。軽く小学生程の重さだ。その内来るよ、とおとなしくしてるに越したことはない。




六日目。

夕食も食べおわり、さぁ1人遊びでも満喫するか、とマンガ、パソコン、テレビ、おやつと準備したところで岳人から電話があった。


チッ

「今から行くから準備しとけよ」


用件だけで切れた電話に、とっくに準備済みですよーだ。と言ってやる。
段ボールに詰め込んでおいた本をやっとの思いで玄関まで運ぶ。
よくこんな重いの持ってきたな、と感心していると「着いたぞー」と岳人からのメールが届いた。


久々に見る岳人は……それはそれは職務質問されそうな位に元気そうだった。



「なんだ。思いっきり家着じゃねーか。準備しとけって言っただろ」


「だから、これ。ほら」


鎮座している段ボールを指差すと「出かける準備だよ」と訳のわからない事を言う。


「待っててやるから早く着替えてこいよ」

「なんで?本は?」

「いいから。2分しか待たねーぞ」


昔からそう。
自分勝手でわがままで、あたしの意見は聞いちゃくれない。


慌てて着替えに部屋に戻る。


「お待たせさん」

「じゃ、行くか」

「どこに?」

「花火やろーぜ」

「は?」

「お前、突発性難聴かよ。花火だよ」

「いや、それは聞こえたけど‥‥。岳人、頭、大丈夫?」

「真剣に心配すんなよ!失礼な奴だな」


そりゃ心配もするよ。
だって今は12月。
外は雪。


‥‥長靴、軍手、花火に、スーパーの袋から顔を出してるねぎと白菜。
きわめつけはなぜかおでこにも装着したマスク。


あたしじゃなくても心配するよ‥‥。
むしろよくここまで無事に(捕まらずに)辿り着いたもんだ。と感心することしきり。


「どこをどうしたらその格好で花火でネギな訳?」

「うるせーな!買い物頼まれて店のおっさんにおまけって花火もらったんだよ!」

「へぇ、あ、そう」

「嫌な返事返すなぁ。とにかく行くぞ」


言われるままについていく。
ついた先は広くもなく、もっぱらご近所の奥様方のお喋りスポットであろう公園とは名ばかりの空き地。


「よし、お前はこの安っちい奴な。俺はこれ」


勝手に人の花火をセレクトして無理矢理手に握らす。


「あたしそっちの派手そうなのやりたいな」

「うるせー。これは俺がもらったんだから俺にすべての権限があるんだよ」


あたしの手にはなにやらキモ可愛いキャラクターの絵が描かれた花火。
とりあえずこれで我慢する。
次の花火はアレにしようと目星をつける。


「おっし!火付けるぞ」

「岳人、なんでライターなんか持ってるわけ?」

「なんだよ。勘違いすんなよな!花火やるからって家から持ってきたんだよ!」


一回家に帰ったならなぜ置いてこない。










ネギと白菜









とにかくまぁそこんところは心に秘めて、花火に火を点ける。



…………。


…………。


…………。





「ねぇ」

「……あんだよ」

「これって湿……」

「よし!こいつはダメだ。気合いが足りない。次はこれな」


不発に終わった一本目を潔く捨て、二本目に火を点ける。




…………。


えっと……。



岳人の顔をうかがう。



「ま、こんな事もあるよな!」

「はぁ……」



三本目、四本目……。と、ことこどく不発。


「クソクソ!あのおやじ、騙しやがったな!」


いやいや、今の時期、湿気ってない花火にお目に掛かれる方が奇跡に近い。おやじは間違ってない。
騙された岳人が悪い。うん。


派手そうな花火はすべて無残にも花を散らす事無くゴミとなった。
残っているのは線香花火だけ。


「なんか……あれだよね。こんだけあって当たりがないのってさ、逆に運がいいってゆうか、ほら、 なんたってネギのおまけだからさ……。それにまだ線香花火が残ってるじゃん。正直これも微妙だけど……」


フォローのつもりが、余計な事を言っちゃったみたいで更に落ち込む岳人。



「ほ、ほらー。やろうよ」


岳人の手からライターを奪い、目線の高さに持ち上げ火を点ける。




…………。




「……点いた」




「岳人、ほら!花火!」


半ば、というより、ほぼ100%諦めていた花火が、弱々しくはあるが小さい花を咲かせた。


「こっちも大丈夫だぞ!」


季節はずれに咲く線香花火は周りの白い雪とはすごくミスマッチで。
でも部屋に飾りたいほどに綺麗で。




「…………この最後の玉が落ちないようにするのが難しいんだよなー。おいこれ、 なんかよく見ると宇宙人の卵みたいじゃね?今にも孵化しそうじゃね?」



こ、こいつはムード台無しにするし。宇宙人は卵から孵るのか?



「俺、花火ってなんか好きなんだよな」

「あーわかるわかる。岳人はロケットとかネズパチとか好きそうだよね」

「最後の線香花火、どっちが長持ちするか競争しようぜ」

「いいけど、なに賭ける?」

「俺んちまで本運ぶ」

「忘れてた……。って岳人持ち帰るために今日来たんじゃないの?」

「ま、罰ゲームだよ。よし、いっせーので点けるぞ」


「「いっせーの!」」



パチパチとオレンジの火花が飛ぶ。




「いいよな」

「なにが」

「好きな女と花火ってさ」







……ポトリ……。







「え」

「よーっし!俺の勝ちな!」

「……ええ?」


「じゃ、おまえちゃんと本、運べよ」


「はい……じゃなくて!えぇっ?」

「ほら、行くぞ」




今は12月。
外は雪。




ぎこちなく繋いだ手は、あったかいね。











本は重いけど。














Fin.





★初恋ってこんな感じ?
恥ずかしいんだよね。
手、繋ぐのって。

岳人は手ぶらだけど(笑)