兄弟








今日の練習もきつかったぜ。

打倒兄貴に燃える俺は、溜まった疲れを取るべく風呂場へ向かう。

寮生のみんなは広間でそれぞれ好きな事をしているようだ。

・・・・・・今なら空いてるだろう。

横目でそれを確認した俺は、風呂場のドアに手をかけた。








「裕太、遅かったね」





「・・・・・・・」






ありえない光景を目の前にすると、人間って防衛本能が働いてそれを受け入れようとしないんだ。

・・・って。

身をもって実感したぞー!!



「やあ」



「やあじゃねー!なんで兄貴がここに! ルドルフの寮の風呂場に! 裸で!

い る ん だ よ!?

「久しぶりだね。裕太と一緒にお風呂に入るなんて」

「はぁ? それより一体どうやって潜り込んだんだよ?」

「ひどいなぁ。潜り込んだなんて。そーっと入ったに決まってるじゃない」

「それを潜り込んだって言うんだよ!早く家に帰れよ!」

「小学生以来かなぁ。ちょっとドキドキするね」

「話を聞けって!」




俺の言葉なんか耳に入っていない兄貴は、ひとりさっさと浴室へ向かう。




・・・・・・。




信じたくない。そうだ夢を見ているんだ。


でも、これは、現実だ。



諦めた俺は服を脱ぎはじめた。









「裕太! ほら見てごらん。貸し切りだよ!」


はしゃぐ兄貴は無視するに限る。


寮の風呂場は銭湯を小さくしたような造りで、壁に沿ってミニシャワー付きの洗い場が5つ並んでいる。

俺はそこのひとつに腰を降ろして、自分専用のお風呂セットを取り出す。


「湯加減は・・・ちょっとぬるいかな?」


どうやら兄貴は風呂の温度を気にしてるらしい。

そういや昔っから熱い風呂が好きだったからな。

そんな事を思い出しながら今日一日の汚れを洗い流す。







「よし」

さっぱりした俺はお湯に浸かろうと片足を上げる。


「裕太! あぶなーい!」


その声にギョっとした俺を兄貴が突き飛ばす。

床にしりもちつく俺。

もちろんモロ見え。

ケツいってー!


「何すんだよ!馬鹿兄貴!」

「あぶない所だったね。僕なら平気だけど裕太なら火傷する所だったよ」


湯船からはモクモクと湯気が立っている。


「テッメーが熱くしたんだろーが!」

「しっ!・・・静かに!」


俺の口元に手をあてて辺りの様子を伺う兄貴。

なんだ? どうした?


「・・・ふぅ。良かった。行ったか・・・」

「一体何があったんだ?」

スナイパーが僕達を狙ってたんだよ。どうやら撒いたみたいだ」

狽ネんだよスナイパーって?
撒いたって俺らここから一歩も動いてねーじゃねーかよ!


「これで安心してお風呂に入れるね」

「・・・・・・・・・」


今の兄貴には何を言っても無駄だとわかっているから、あえて何も言わないでおこう・・・。







お湯が熱すぎて風呂に入れない俺は、洗い場の椅子に腰掛けたまま、平然と風呂に浸かっている兄貴を眺める。

風邪ひいたら兄貴のせいだ。

しかしあいつ熱くないんかよ?

きっと今、新鮮なタコとか入れるとすぐに茹で上がるぜ。

・・・・・・それより何しに来たんだ?

俺はカマをかけてみる事にした。




「兄貴、なんか悩みでもあんのかよ?」

「え・・・? そっか、裕太には隠し事出来ないね」

「本当に悩んでたのか?」

「うん・・・。あのね。・・・・・・・」


まさかとは思ったが、神妙な顔で話す兄貴を見ていると到底ウソとも思えない。


「僕ってさ・・・・・・・・・・・・。黒いかなぁ・・・」

「・・・・・・・・・は?」

「黒いって言われたんだ。髪も目も黒くないのに。肌だって透き通るような肌色だし。

もちろん観月みたいに腹黒くもない・・・。どういう意味だろう・・・」


・・・・・・間違いなく『腹黒い』だと思うが。




「もしかして黒くないってのは僕の勝手な思いこみなの?本当は赤澤君やジャッカル君よりも黒いのかなあ?

目や髪も黒いの?ねぇ裕太、覚悟は出来ている。本当の事を教えて」


『腹黒い』が抜けてるんだけど・・・。

それに本当の事ってなんだよ。


「わかってたんだ・・・。本当は僕が捨て子だったって事。

だって髪は裕太と違ってこんなにサラサラだし、テニスは天才的に上手いし、

人気投票じゃ常にトップクラスだし、頭はいいし愛想もいいし悪い所なんかひとつもない。

・・・だから・・・そんな僕が裕太と血が繋がってるなんて・・・どう考えたっておかしいだろ?」






ガッデム・・・!


たしかに・・・。でもむかつく・・・!!









「なーんてね。血が繋がってないなんてウソだよ。驚いた?」



ウ ソ か よ !?



「だって母さんは僕にそっくりだし、由美子姉さんは僕と同じサラサラヘアーだし。
どちらかというと裕太の方が捨て子だよね」



俺捨て子だったのー!?




「ふふ。これもウソだよ。裕太は僕の可愛い弟なんだから。・・・・・・・・・今はね・・・」



えー!? なに?
今は』ってなんなの?
はっきり言ってくれ!!




「冗談だよ。裕太ってば本当に可愛いなぁ。あ、でも僕が捨て子ってのは本当だよ。

だから・・・お別れだ」


あーそう。もーう騙されないぜ。

兄貴は悲しそうな表情を俺に向けて、もう一度「さよなら」と言うとどこからかカミソリを取り出して手首にあてる。


は!?


そのまままっすぐ縦に動かすと、鮮やかな赤いラインがここからでもはっきり見える。


「何バカな事やってんだよ!? 早く腕上げろ!」


状況を理解した俺は兄貴の腕を掴み上げ、カミソリを叩き落とす。

まず止血だ!

止血ってどうやるんだっけ?

えーと・・・。

あ!救急車だ!

まず救急車に電話して・・・。

救急車って何番だっけ・・・!?


慌てふためく俺に兄貴は言った。




「裕太・・・・・・・こんなに僕の事心配してくれてうれしいよ・・・」

「うるせー! 黙ってじっとしてろ!」





「さて、と。裕太の愛も確認できた事だし、じゃあ帰ろっかな!」




・・・・・・・え?



ひょいと湯船から出た兄貴は手首をタオルで拭きながら

「コレ、おもちゃだよ」

と転がったままのカミソリを指差す。

タオルで拭かれた手首には傷なんてなく、唖然としている俺の横を平然と歩き

「あー楽しかった」と捨て台詞を残して出て行った。




「・・・・・え?・・・・・・え?・・・・・・え!?・・・・・・はっくしょい!!」




モロ出しのままボーゼンと兄貴を見送る俺は




どうやら風邪をひいたようだ。






Fin



★アトガキ

あー楽しかった。
きっと裕太はこうやって遊ばれてるに違いない。
そして何度でも騙される。
純粋とバカは紙一重。
でもそんな裕太が好きだ。



佐波屋