みずたまりに【1】








幸村くんの手腕により(?)テニス部マネージャーに着任してから早や数ヶ月。
セクハラ副部長・真田弦一郎に、お世辞にも立派とはいえない胸をわし掴みにされたあたしは痛い教訓を胸に刻み、髪を伸ばしはじめた。
それから男と間違われる事はなく、マネージャー業も板につきテニス部のメンバーと忙しくも楽しい毎日を送っている。
あたしの生活はあの頃とは打って変わって目まぐるしく変化していた。
そんな生活の中で唯一変わっていない事。それは今でも柳くんに告白できないあたしの臆病な気持ちだけだった。





は今日も疲れてるね」

「あー・・・そうかも。最近顔に出るんだよねー」



マネージャーの仕事は、練習前に部長である幸村くんと部室で行うミーティングから始まる。
練習試合でもない限り、普段は雑談で終わるんだけど。



「ところで真田は元気かい?」

「・・・・・・・・・・なぜそれをあたしに聞く?」

「だって今日も来てただろ?教室に」

「こっちはいい迷惑なんですけど!」

「あはは。そうかもね」

「わかってるならアイツを止めてよ。せっかく柳くんと同じ部になったってのに全然進歩なし!真田弦一郎が邪魔ばっかりするんだから!」

「そりゃそうだよ。真田はに惚れてるんだから」

「いやー聞きたくなーい!!」



どうも以前の背負い投げが彼の心をがっちりキャッチしちゃったみたいで、今では暇さえあれば付きまとってくるようになった。
あたしが柳くんと会話を楽しんでようものならどこかで見ているのか、もの凄い勢いであたしたちの間までやってきては邪魔をする。
すごい迷惑。

おかげで柳くんにあたしの気持ちを伝えるどころではないという始末。



「俺は見てて面白いから悪いけど真田を止める気はないよ。さて、そろそろ行こうか」



おもむろにジャージを羽織り練習に向かう幸村くん。

あたしはため息をひとつ吐くと部誌を手に幸村くんの後を追った。



立海テニス部は曜日によって練習内容が決められている。
今日は基礎練とレギュラーの能力アップを図る特別練習の日。
『特別練習』
これは我が立海のブレーン・柳くんが取り入れたもので、あたしはほとんどの時間を柳くんの補佐として一緒に過ごすことになる。


「みんな揃ってるね。では練習開始だ」


幸村くんのひとことで、すでにウォームアップを終えた各々が決められた練習メニューをこなすべく、準備に取り掛かる。
あたしは部誌を抱え、柳くんの横に並ぶ。


「柳くん、今日はなにをするの?」

「ボレーでセンターラインのコーンに当てる、ただしどのコーンに当てるかは俺がインパクトの瞬間に指示を出す。基本的な練習だな」

「すご・・・。柳くん球出しするんでしょ?手伝うね!」

「いつも悪いな」

「あたし尽くすタイプだから気にしないで!」


一列に並んだレギュラーに的確に球出し・指示を出す柳くん、それを的確に的に当てていくレギュラー陣。
面倒な玉拾いは後輩に任せて、特等席・柳くんの隣でボールを渡す役に張り切るあたし。
時々触れる柳くんの手。

あぁ、なんてしあわせなの!このまま時が止まればいいのに!



「むむぅ、蓮二交代だ」


恍惚のひとときをぶち壊す悪魔の声。


「そうか。頼む」

「柳くん行っちゃうの?」

「俺も練習しないといけないからな。球出しは弦一郎がやってくれる。サポート頼むぞ」


あぁ・・・。柳くん行かないで・・・!
あたしの心の叫びは彼には届かず。


先ほどの至福の時とは打って変わり、般若の仮面の真田弦一郎がやってきた。


!!!」

「ナンデスカ?」

「もう我慢の限界だぁ!!俺というものがありながら蓮二なんぞといちゃいちゃしおって!たぁるぅんどるー!!」

「はぁ!?なんぞってなに?柳くんに失礼でしょ!」

「蓮二なんぞはなんぞで十分だ!!」

「二回も言った!!真田弦一郎のばかー!!真田弦一郎なんぞのばかー!!!」

「俺なんぞと言ったな!?なんぞとはなんなのだ!?」



球出しもせずにくだらない事で揉めているあたし達を見かねたジャッカルくんが仲裁に入る。



「まぁまぁ、二人ともこんなところで揉めんなよ」

「だって真田弦一郎が!」

「なんと?俺のあふれんばかりの愛情とを独り占めしたいという純粋な欲求のどこが悪いというのだ?」

「真田・・・お前の愛情はわかったから。球出ししてくれ」



ネット向こうでは幸村くんと、今では立派にレギュラーの座についたクリクリ少年・切原赤也くん、インチキ詐欺師仁王雅治くん・赤い頭の自称天才丸井ブン太くんがお腹を抱えて笑っている。
それを制している紳士の柳生比呂士くんと、困った表情の柳くん。

あたしは苛立ちを抑え、愛しの柳くんの練習の邪魔はできないとボールかごを引き寄せる。
先頭に並んでいる柳くんがラケットを構える。

・・・かーっこいい!!

立ち姿さえも凛々しくてつい見とれてしまう。



、玉をくれ」

「たま?」

「ボールだ」

「あーはいはい」


真田弦一郎の横腹に狙いを定めて、全力のアンダースロー。ちなみに真田弦一郎との距離はせいぜい1メートル。


「ガフッ!なんと!蓮二には手と手が触れ合うほどに密着して渡していたではないか!なぜ投げる?しかも力いっぱい・・・」


狙っていた横腹ではなくみぞおちに決まったボールは、勢いをなくしてネットの近くに転がっていった。


「なんとなく」

・・・」

「なに」

「俺と手が触れるのが恥ずかしいのだな?照れているのだな?可愛い奴だ!」



あろうことか真田弦一郎はボールを持っているあたしの手ごとつかみ、そのまま自分の口元へともっていきペロッと舐めた。



「だ・・・!!ちょっ!!??」



次の瞬間、真田弦一郎は地面にひれ伏す。
あたしの放った大外刈りは見事に決まり、その様子を見ていた玉拾い部員達から 「おおー」というどよめきと拍手が沸き起こった。



パンパンと手を払い、ジャージの乱れを直す。
拍手喝采の中、ネット越しの柳くんと視線が合う。
てへっと肩をすくめてみても見開いた柳くんの目は閉じることなく。



「はいはい、だれか真田を運んでー」



幸村くんの笑いを我慢した声がコートに響くだけだった。








Fin.