少なくともひとつ
お!ターゲット発見!
ロックオン!
「、行っきまーす!」
勢い良く、でも気配は消して。目標はすぐそこ。
「おっしー!今日もムダに眼鏡光ってんね!」
後ろから体当たり。非常に迷惑極まりない朝のあいさつ(?)をする。
「…あいさつ間違っとるやろ…」
タックルが見事に決まり、眼鏡がずれたままの忍足はまるで芸人のよう。
「じゃ、改めて。忍足、もっはよー!」
「テンション高いなぁ。"もはよ"ってなんや…」
あたしといる時はもっぱらツッコミ役。
あたしはと言うと──…
「マイダーリン、いつんなったらあたしと付き合ってくれるん?」
こんな感じ。
恥ずかしさの裏返しってやつ?
でも忍足が好きって事は本当。
大好きなんだ。
「こっちの事情は無視かいな…。あんなぁ。そない簡単な事やないやろ?」
「なんで?簡単やろ。ただ一言、好きやって言うてくれればいいだけや?…それとも…あたしの事、嫌い?」
少しいじわるしちゃった。
困った顔してる。
やりすぎは嫌われる元だし、今日はここまでにしといてやるか。
「早く返事くれへんと他の人に乗り換えるで?」
バシーン!と愛情たっぷり忍足の背中を叩く。
さっき掛け直した眼鏡がまたずれる。
それを確認したあたしは校舎に向かって走り出す。
「ほんまには元気やなー…」
うん。今日もいい一日になりそうだ!
満足気に教室へ向かうあたしは、いつもと変わらない日常に何も不安など感じていなかった。
四時限目は屋上でサボり。
珍しく先客なしの屋上独り占め。
「涼しくなってきたなぁ。風もどこかひんやりしてて過ごしやすいわぁ。
一人でおるの、もったいないなぁ。
隣に忍足がいればいいのに…」
なんて寝転がりつぶやく。
忍足と一緒なら…空だって飛べそうな気、するよ。
想像したら急に恥ずかしくなって、誰もいないのに赤くなった顔を手で覆い、一人身悶える。
でも。
こんな"女の子"な一面を持ってるあたしにあたし自身が驚いてるんだ。
あたしってばちゃんと乙女してるやん?
忍足の事を考えると胸がキュンってなる。
「あー。やばい。本気で好きやわ…」
気持ちはふわふわ。加えていいお天気。絶好の昼寝日和に、あたしの意識はいつの間にか夢の中へ溶けていった─……
────…
────…
(ん…?)
「…ほんまに困った姫さんや。こない所で無邪気に寝よってからに。風邪ひくで?」
(誰…?)
「言うても聞こえとらんか…」
(起こさんといて…)
「俺のこと、卑怯やって罵ってくれ」
(あたし眠いんよ…)
「俺な。あさってから東京の学校行くんや。そやからの気持ちに答えられへん。淋しい想いさすの分かってるからな」
(なに…言って…)
「ごめんな。。めっちゃ好きやで…」
…なにか……
触れたような……
とても優しい感触…
目覚めた時には誰もいなくて。
あたしは無意識に唇に手をやる。
なんか…淋しくて、でもあったかい夢見てた気がする…。
「ってあかん!妄想に耽っとる場合やない。五限も過ぎてもうた。完全に寝坊やわ。……帰ろかな…」
辺りはまだ明るいけれど、夕焼けの気配はすぐそこまで近づいてきてる。
屋上からの景色に見とれているとテニスコートが目に入った。
あ…テニス部練習してる。おっしーのぞき見しとこうかな?
目の保養とばかりに勇んでカバンを掴み、コートへ急ぐ。
「あれ?おらへんなぁ…」
いつもなら一際目立つ長髪が今日はどこにも見当たらない。
「なーなー。そこの人、練習中悪いんやけど、忍足ってどこにおるん?」
フェンスを挟んだ目の前でストレッチしてた部員に聞いてみる。
「え?忍足?あいつ来とらへんよ。なんでも家の都合とかで明日引っ越しするみたいや…」
「引っ越し」と言う言葉に。
あたしは話を最後まで聞かずに走り出していた。
「なによ!そない話、聞いとらん!今朝普通に喋ったやんか、あのバカ…」
知らずの内に溢れ流れる涙もそのままに、走って走って走って…。
忍足の家はちょうどここ、忍足のお父さんが経営してる病院の角を曲がって数分の所にある。
あたしは病院の前で足を止めた。
あたしが行ってもしょうがないのはわかってる。
ただ、あたしに何も言わんと行くのがくやしいだけや!
「あんのドアホ!!」
思わず口から出たセリフは、いつものあたしらしくある為の気合いの言葉。
制服の袖で涙の跡を拭う。
気を落ち着かせるために深呼吸。
スーハー。スーハー。スー…。
よし!忍足家に乗り込む準備は整った。
「いざ!行かん!」
意気揚揚と角を曲がる。
「お前、さっきから何しとるん?見とるこっちが恥ずかしいわ…」
聞き覚えのある声に振り向く。
あたしを挟んで、前方に忍足家。後方に忍足本人。
「忍足!?あんた家に帰ったんと違うん!?」
「病院でおやじと話しててん。そんで帰ろうとしたら道の真ん中に挙動不振な女がおるやろ。あぶないやっちゃ思って見てたらやん?」
「あ。見てた?」
「見たなくても視界に入ってきたわ」
いつもの忍足だ。引っ越しってウソよね?
あたしを騙そうとしてるだけやろ?
そんなあたしの一筋の望みを知ってか知らずか。
らしくなく真剣な顔であたしを見る忍足の目が「あぁ、本当なんだ」って嫌でも実感させる。
「あんな。実はに言わなかん事があるんやけど…。今、時間、ええか?」
「…時間ない」
「大事な話やねんで?」
「聞きたない」
「お前なぁ…」
「あたし、他の人に乗り換えたって言いに来ただけやもん。おっしーの事なんてなんとも思っとらん。だからおっしーの話なんか二度と聞いてやらん」
強がって言ってみても、あたし自身はとても正直者で。涙をこらえるので精一杯だ。
「…ならなんで泣くん?」
身長差18センチ。
少し屈んであたしの顔を覗き込む。
「泣いてなんかない…っ」
「ほんま、強情っぱりやなぁ…。これだけは言わんでおこう思っとったけど、しゃあないなぁ…」
「聞きたない言うてるやろ!」
え?
何がおきたん?
どアップでぼやけてた忍足の顔がゆっくり輪郭を取り戻す。
唇に残るやわらかい感触。
「我慢できひんかった」
「え?…は…?」
「が好きなんや…」
そしてもう一度顔が近づく。
今度は自分でもわかった。
キス…されてるって…。
二度目に顔が離れた時に忍足は悲しそうに言った。
「の事が好きなんや…」
どれ位時間が経っただろう。
お互い動く事も喋る事さえもしないまま空は赤から紺へと色を変えていく。
ポツリと話し出したのは忍足だった。
「俺な、転校するんや。こればっかりは俺の力ではどうにもならん。を守ってもやれんし、傍に居とうても居てやれん。……堪忍な」
「…──バカ…」
「だから堪忍やって…」
「転校の話やない!なんで今更…。一緒にいれへんなら何で好きやなんて言うの?そんなん、知らん方がよかった…!」
「…」
抱き締められた腕の中で
はじめて本当の自分を出せた気がする。
あたしは涙が枯れる程泣いて。
同時に忍足を罵った。
─────…
───…
「あー。泣いたらすっきりしちゃった」
「自分…ええ性格やな…」
何も言わず、ただ泣いてるあたしの頭をずっと撫でてくれていた忍足が、苦笑いをする。
「ふふ。あたしの事は大丈夫!忍足は何の心配もせずに早よ東京へ行き」
「なぁ、一応聞くけど。さっきの乗り換えたって…」
「ま、たまには遠距離恋愛も新鮮でええかなってな」
「ほんまに俺でええのか?」
「だって、好きやもん。しゃーないよ」
「傍におられへんよ?」
「だって…しゃーないよ」
「の事、守ってあげられんよ?」
「くどい!」
「…せやな…」
「浮気したら許さんよ?」
「、ありがとうな…」
二人の絆を。気持ちを。存在を。言葉のひとつひとつに紡いで確かめ合う。
「も浮気せんように謙也に見張ってもらお」
「ひとこと余計や」
空は飛べないけど。
逢いたい時に隣にいないけど。
少なくともひとつ。
幸せがあれば離れていたって大丈夫!!
Happy Birthday!
どーもー佐波屋です。
はじめに書こうか後に書こうか迷った舞台設定。
結局ここに書く事にしました。
読み始めて「ん?」と思いました?
設定は忍足転校前。
ちなみに佐波屋の中の忍足は中学一年から二年の間に氷帝に編入してます。
だからヒロインも関西弁。
本当はヒロインがコートで話し掛けた人物も謙也くんにしようかと迷いましたが、彼あんま知らないんでやめときました。
小説書く前まではヒロインに忍足の気持ちを伝えないで転校させちゃえって思ってたんですけど、手が勝手に…。
はじめ、あまりの激甘に成長しちゃったので書き直しました。
だって、読んでて佐波屋が恥ずかしくなったんだもん。
まぁ、とりあえずはっぴーばーすでー&はっぴーえんどと言うことで。
2006.10.15
Fin.