風に乗せたラブソング
今日で部活は引退だ。どれほどこの日を待ちわびていただろうか。
そもそもテニス部のマネージャーなんかになってしまったのが間違いだったのだ。
小学校の頃からツルんでいた宍戸が氷帝に行くと言ったから、あたしも猛勉強して何とか氷帝に入学する事ができた。
宍戸がテニス部に入るって言ったから超難関の試験を受けて見事マネージャーの座を射止めた。
……これが全ての元凶だった。
マネージャーになって数日後、下駄箱にラブレターが入っていた事があった。
生まれて初めて貰ったラブレターに浮かれまくって封を開けたが、差出人の名前を見た瞬間凍り付いた。
暫くして落ち着きを取り戻したあたしは、それを焼却炉の中に放り込んであげた。
またある時はバッグの中にプレゼントが入っていた。
中身はブルギャリの腕時計だったりカロティエのラブリングだったり。
ブランドはブランドでもアドダスとかのスポーツブランドなら好きなのに。そっちは興味がないので質に出した。
そして引退する今日の日までその行為は休む事がなく……
それらの送り主は全て……
榊太郎(43)である。
今日の部活はお休み。
あたし達3年はテニスコートで後輩達にお疲れ会をしてもらっている。
人数が人数なので、それだけでも盛大なパーティーのようだ。
「宍戸先輩お疲れ様でした!引退しても顔出しに来て下さいね!」
「当たりめーじゃねーか」
「うぅ〜宍戸さーん!」
長太郎、あたしには言ってくれないんだ。
つーかマジ泣き!?
別に永遠の別れなわけじゃないじゃん。
「先輩もお疲れ様でした」
「あー日吉。ありがとー」
そのさ、『言わないと後が煩いから言っといてやるか』みたいな顔やめてくれないかしら。
「日吉も!新部長、頑張りなさいよ?」
「はい、ありがとうございます。ところでさっきさか……」
「言わないで!それ以上は言わないで!」
日吉の言葉は分かっている。「榊監督が呼んでましたよ」と言いたいのだ。
だって今朝、机の中に呼び出しのラブレターが入っていたのだから。
だけどそんなものはいつものようにシカトしてしまえばいい。
あたしはジュースを飲みながら皆とお喋りをしていた。
「ちょっとトイレ行ってくる〜」
飲み過ぎたのかトイレに行きたくなり部室を出た。
帰りにちょっとだけ、ほんのちょっとだけ気になって、音楽室のある校舎に目を向けた。
「ギャ――――ッ!!」
音楽室の窓から太郎があたしを見ていた。
あたしの叫び声に何事かと部員達がやって来る。
「?どうしたんだよ。何かあったのか?」
「しっ宍戸!助け……」
心配そうにあたしの顔を覗き込む宍戸の肩を鷲掴みした。
「痛ぇよ!何だよ!」
「たろ……太郎がっ……!」
「監督がどうした?」
「こっち見てる!」
「そりゃ監督なんだから当たり前だろ」
「そーじゃなくて!」
あたしは今までの太郎の悪業を全て宍戸に話した。
宍戸と周りにいた部員達は皆顔面蒼白になり、言葉も出ない様子。
「あー……でも意外と授業の事かもしれねーぜ?」
少しの沈黙を破り、宍戸がそう言った。
「、音楽の授業態度よくねーんだろ?」
「あんな事されてまともに受けられるかっつーの!てか何で知ってんの?」
「跡部に聞いた」
今更だけど、あたしと跡部は同じクラスなのだ。
「でもっ!行ったら絶対喰われるもん!そんなの嫌!」
「考えすぎだろ」
「じゃあ一緒に来て!」
「何で俺が……うぉっ!」
今だに宍戸の肩を掴んだままだったあたし。今度は力一杯首をガクガクと揺らす。
「来てくれるわよね?もし1人で行かせて大事なバージン失ったらあたし一生宍戸を恨むから!死んだって化けて出てやる!」
今のあたしはきっと般若のような顔をしているに違いない。
宍戸と音楽室に入ると、待ってましたかのように太郎がピアノを弾いていた。
「待ちくたびれ……宍戸、なぜお前がここにいる?」
「いや、俺はその……」
「お前を呼んだつもりはない。行ってよし」
宍戸の顔を見るなり表情が変わった太郎は、お得意のポーズで宍戸を追い出そうとする。
こんな所で2人きりにされたものなら何されるか分からない。
あたしは太郎の視界に入らないように宍戸の制服を掴みながら『行かないで!』と目で訴えた。
「……監督、お言葉ですが俺がいたらまずい事ですか?」
言ったわ!言ってくれたわ宍戸よ!もうレギュラーでも何でもないんだから恐いものなしよね!
だけどよく見ると、宍戸の顔からは冷や汗が滲み出て、更には体が少し震えている。
「ほぅ……言うようになったな宍戸。まぁいい、そこへ座れ」
あたし達が太郎に指定された場所へ座ると、太郎はまた自身の両手を鍵盤の上に乗せた。
「……お前の為に作った歌だ。聞いてくれ」
いきなり何ィィィ!!つーかそんな事で呼び出したわけ!?
「愛して〜るぅ〜」
ゴフッ!!
「〜」
認めたくないけど、美しいピアノの音色に重なる太郎の歌声。
それを聴いた瞬間あたしの全身に鳥肌が立った。宍戸なんか恐怖のあまり涙を流してしまっている。
開いている窓からは強めの風が入ってきて、太郎のセットされた髪を少しずつ崩していく。
と思ったら今度は楽譜が宙を舞って太郎の顔面を捕えた。
だけどそんな事は脆ともせず歌い続ける太郎。
「愛して〜るぅ〜〜こ〜こに〜がぁ〜い〜るかぎ〜り〜」
つーかコレ聞いた事ある……あ、そうだ!☆西木野の歌じゃない?何、ただのパクリじゃん!
一通り歌って満足したのか、太郎はピアノの椅子から立ち上がるとあたしの真前に立った。
「、2年間ご苦労だった」
「は、はぁ……」
「実を言うとな、お前がマネージャー希望として我がテニス部へ来た日に私はお前に一目惚れをした。だから私はお前をマネージャーとして選んだのだ」
そうだったの!?きっ……きもっ!!
ってか今の今まで自分の実力だと思ってたじゃんか!
「だから今日はマネージャー業務を務めてくれた感謝の気持ちと、私のへの愛情を精一杯伝えたかったのだ」
ちょ、それ以上言わないで……
「……」
や……めて……
「愛している。私のこの気持ちを受け取って欲しい」
「嫌ァァァッ!!」
あたしは泡を吹いて失神している宍戸を置いて、音楽室から猛ダッシュで逃げ出した。
次の日、宍戸にコテンパンに絞られたのは言うまでもない。
誰か……アイツを懲戒免職してくれ。
―終―
アトガキ&おまけ→
―おまけ―
風が強くなり雨が降りそうになってきたので、お疲れ会は中断させ各自の自由にした。
俺は部長としての最後の挨拶をするために音楽室へ向う。
中に入ると何か歌のようなものが聞こえ、それはベランダから流れてきているようだ。
不信に思いながらベランダに出ると、そこには見慣れた後ろ姿。
「監督」
振り向いた監督の姿を見て、俺は声を失った。
強風に煽られたと思われる監督の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、崩れた髪が乾いた涙にくっついていたからだ。
一体何があったんだ!と思いながら、何とか言葉を発する事ができた俺は監督にこう言った。
「監督、今までお世話になりました」
++++++
企画一番乗りありがとうございました!
このお題で太郎ラブコメ…さすが佐波屋様は目の付け所が違いますね!
なんだか宍戸がでしゃばっちゃってスイマセン。
ブランド名と☆西木野はあえてこの表記にしました。替え歌も佐波屋様ならきっと分かるはず(笑)
素敵リクありがとうございました!
2007.07.04
** ウメさんから頂きました!企画でリクしちゃいました。素敵でキモイ太郎、ありがとうございましたっ!
佐波屋 **