彼に夢中〜ロックオン〜
あたしはいつも、テニス部の部室に向かう前に、必ず若の教室に彼を迎えに行く。
だけど若はあたしから逃げるかの如く教室を出るのが早い。
今日もまた逃げられて、部室に向かいながら若を探し歩いていた。
あの素晴らしく整ったキノコカットをこのあたしが見間違うはずがなく、ターゲット発見。いざ、ロックオン!
「若――!わ―か―し―!」
うるさいぐらいの声で背後から若を呼ぶ。
「先輩……大きい声で名前呼ばないでくれます?恥ずかしいんで」
少し呆れたような、嫌がってるようなその表情も、あたしにとっては萌えポイントの1つでしかない。
「いいじゃん!若の名前は若でしょ?」
「いや、そーいう意味じゃなくて……」
「これから部室行くトコでしょ?一緒に行こ!」
若の言葉をスルーして、あたしは若の腕に自分の腕を絡ませる。
「ちょっと止めて下さい」
しかし瞬時にその腕を振り払い、あたしを置いてスタスタと前を行く若。
「あっ!ひっどーい!あたし若の彼女でしょ〜?」
「いつから彼女になったんですか?」
「そんなの前世からに決まってるじゃない!」
確かにあたし達は彼氏でもなければ彼女でもない。ただの先輩後輩の関係で、欲を言えば友達だ。
まぁただあたしが若を一方的に好きで、ストーカー紛いの行動を取っているだけ。
部室に着いてドアを開けると、そこにいたのは無駄に顔だけいい丸眼鏡。
「お!相変わらず仲ええなぁ〜」
「キャ――ッ!もっと言って忍足!」
「ハハッ……日吉もいい加減諦めたらどうや?」
「忍足先輩、変な事言わないで下さいよ」
部員の皆はあたしが若ラブな事を知っている。ストーカー並に愛を注いでる事も知っている。
「そう言や、来週誕生日やんな?」
そうそう!そうなのよ!
凄いアピールしたのに華麗にスルーされた、去年の誕生日の記憶もまだ新しい。
だけど今年こそは逃がさないわよ!絶対祝って貰うんだから!
「若〜あたしプレゼントは若の愛が欲し……」
「お先に」
「早っ!」
お喋りをしてるあたし達を余所に、1人サッサと着替え終わり部室を後にする。
「ドンマイ」
ま、いつもの事ね……これしきの事、屁の河童よ!
「俺等も早よ行かんと跡部にどやされるで」と忍足が言ったので、あたしもジャージに着替えテニスコートに向かった。
次の日からも、あたしの若へのラブアタックが止む事はなく
「ねぇ!今月の13日って……」
「何かありましたっけ?」
「若、13日……」
「氷帝の創立記念日か何かですか?」
ぐぁ――――ッ!去年より酷いわ!
去年はまだ「はいはい分かりました」って言ってくれたのにさ!
(……プレゼントもお祝いの言葉も貰ってないけど)
ここまでくるとアレだわね。
いくらあたしがしつこいって言ってもちょっとプチンとくるわね。
「いいわよ!そっちがその気ならあたしにだって考えがあるんだから!嫌でも『おめでとう』って言わせてやる!バーカバーカ!若のバーカ!」
と、あたしは若に捨て台詞を吐いてその場を去った。
ってあたし子供かっつーの!もう15歳になるって言うのにそんな捨て台詞有り?
しかも考えがあるとか言っちゃったけど、何もないよ!何も考えてないよ!
さて、どうするか……
こーいう時は自称恋愛の達人・忍足に相談でもしてみるか……
と、あたしはお昼休みに忍足を呼び出して一部始終を話した。
「、アホやろ……」
忍足は呆れていた。
「が一方的に付きまとってるだけやのに、バカなんて言われたらいくら日吉でもキレるんちゃう?」
「だって……」
「でも日吉にムカつく事あんねんな」
「まぁあたしだって人間ですから」
屋上でメープルシロップパンを一口、紙パックの100%ミックスジュースを一気に飲み干しながら、午前中の日吉に対する自分の言動を、珍しく少しだけ反省した。
「で?どないするん?」
「だからこうして相談してるんじゃん!カツサンド高いんだからいいアドバイスしなさいよ!」
一応話を聞いてもらっている身なので、あたしは購買のパンの中でも結構値段の張るカツサンドを忍足に奢っていた。
購買のパンとは言え、氷帝はおぼっちゃま校だ。そこらの中学と一緒にされたら困る。
カツサンドのカツなんか、黒毛和牛の霜降り部分を使っていてバカみたいに高い。アドバイスしてもらわなきゃ割りに合わないのよ!
その超高級カツサンドを頬張りながら忍足が口を開いた。
「せやなぁ〜ほんなら一旦引いてみたらどうや?」
「引く?」
「せや。休み時間は日吉に会いにいかん。部活中も関係ない話はせん」
あぁ……『押して駄目なら引いてみろ』ってやつね。
「ダメダメ!無理そんなの!若に会わないだなんて萌えが足りなくて死ぬって絶対!」
「ほんなら後は自分で考えるんやな」
忍足はあっという間にカツサンドを食べ終え、立ち上がった。
「え?ちょっと……」
「俺はアドバイスしたで?実行するかしないかは次第やけどな。ごちそーさん。ほな」
そう言って飲みかけの缶のお茶を片手に屋上を去った忍足。
ちょっとぉぉぉ!あたしを見捨てる気?それが友達のする事?
最悪。カツサンド代返せよ……何て思いながらメープルシロップパンをまた頬張り、空を見上げて忍足の言葉を思い出してみた。
『一旦引いてみろ』か……
考えるに考えた結果、あたしは昨日の忍足のアドバイスを実行してみようと試みた。
授業の合間の休み時間はもちろんの事、お昼休みも若の教室に行く事はなく、部活中も関係ない話は一切しなかった。
果たしてコレが成功するのか?と思っていたが、それ以前の問題。
若へのラブアタック一時中断は1日も保たなかった。
そして今日も
「若――!」
「いつもいつも暇なんですね」
「暇じゃないわよ別に!若に会いに来るのが忙しい!」
「そうですか」
そうこうしてる内にやってきた誕生日。
この様子じゃ今年もダメかも……なんて、柄にもなく少し諦めモードが入っていた。
「若――…あたし今日……」
今はもう放課後、最後のチャンス。
運良く部室内はあたしと若の2人きり。あたしは部誌を書きながら、ダメ元でもう1度だけ言ってみた。
「わかってますよ。誕生日ですよね?」
返ってきたのは思いがけない言葉だった。
分かってたんだ。いや、当たり前か。あれだけ毎日しつこく言いまくってたもんね。
「毎日毎日……そんなにプレゼントが欲しいですか?それなら跡部さんにでも言えば欲しい物何でも買ってくれるんじゃないですか?」
え?別にあたしプレゼントが欲しいわけじゃないよ。
若からの『おめでとう』って言葉が欲しいんだよ。それ以外は何もいらないよ。
去年に引き続きしつこくし過ぎたから、いい加減、若怒っちゃったかな?
あたしは不安になって、持っていたシャーペンの先を見つめていた。
若は自分のロッカーで何やらガサガサとやっている。
「どうぞ」
開いた部誌の上に置かれたのは、綺麗にラッピングされた小さな袋。
「何、コレ?」
「何ってプレゼントですけど?欲しかったんじゃないんですか?」
「へ?あ、いや、欲しかったけど……」
「俺は跡部さんと違って平民なんで安物ですが」
平民って……それを言うなら一般人とか庶民じゃない?
まぁ、若らしいけど。
「ありがと……開けていい?」
「どうぞ」
何だろう。両手に収まるほどの小さな袋。柔らかい感触。
あたしはドキドキしながら袋を開けた。
「あ……」
中に入っていたのは、違う柄のシューレースが2つ。
え……何でシューレース?
「先輩、いつも履いてるスニーカーの靴ひも替えてますよね?」
「よく知ってるね!うん、シューレースは殆ど替える!」
「シューレース?」
「あぁ、靴ひもの事。って言うか何でそんな事知ってるの?まさか若、ストー……」
「先輩と一緒にしないで下さい」
ほんの些細なあたしの希望は、若の一言によって撃沈した。いや、いつもだけどさ。
でも、ありがとう若。嬉し過ぎて涙が出そうだ。
「誕生日おめでとうございます。先輩」
「ありがとう……で?」
「は?」
だけどもっと欲を言えば
「そこは『先輩好きです!付き合ってください』でしょ?」
物よりも若が欲しい。
「あぁもうこの際呼び捨てでもいいわよ!寧ろそう読んで!」
「遠慮しておきます」
「照れる事ないって〜ほら早く!言ってみなさい!」
「勘違いしないで下さいよ」
いいじゃない。お願い、今だけ大目に見てよ。
だって今日は誕生日なんだから。
そして貰ったシューレースの1つは、実は家の下駄箱に眠っていると言う事を内緒にしておこう。
だって若の気持ちが嬉しかったから――…
―終―
アトガキ→
お誕生日おめでとうございマッスル!
素敵赤也のお返しに日吉をプレゼント。
え…何で日吉?
いやぁ真田・蓮二・ジャッカル等色々考えましたが(変わってなければ)年下ツンデレ萌えの佐波屋様にはやはり日吉だろう!と。
いやしかし最終的に蓮二とかな〜り悩みましたが、ネタ的な書き易さで勝手に日吉をチョイス。
と言うか、あんなに素敵な赤也を頂いたのに、割りに合ってなくてすいません…
しかも日吉なのかすら、もはや微妙ですね…
更に、甘貰っておいてラブコメ返すとかこのウメの神経の図太さ。
しか―――し!愛だけはたっぷり詰まってますのでどうかご勘弁を…
更に更に『靴ひも=シューレース』と言う佐波屋様語録を勝手に拝借させて頂きました。スイマセ…!
なにわともあれ
Happy Birthday to Sabaya☆
これからもよろしくお願いしますm(__)m
2007.07.13
** ウメさんに頂きました!しかも誕生日プレゼントとして!どんだけいい人なんだ、ウメさん。ありがとうございます!
佐波屋 **